「由加山にお参りして、児島でジーンズを見て。さあ、瀬戸大橋で帰ろう」
岡山県倉敷市の由加山(ゆがさん)を訪ねるシリーズも、今回が最終章です。ここまでお付き合いくださったあなたなら、もう車のキーを手にしているころかもしれません。
ちょっと待ってください! 昔の人は、この帰り道を「橋」ではなく「船」で渡っていました。その船が出ていた港が、由加山からさほど遠くない、瀬戸大橋のすぐ足もとにあるのです。
今回は特派員、両参りの帰り道に、昔の参拝者が船に乗り込んだ港・下津井(しもつい)を歩いてきました。
1. 昔の参拝者は、ここから海を渡った
江戸時代、讃岐のこんぴらさんと備前の由加山の両方にお参りする「両参り」が流行したことは、シリーズの初回でご紹介しました。では、昔の人はどうやって海を渡ったのでしょう。
その答えが、下津井です。由加山にお参りした人は、山を下りて下津井の港へ。そこから船で対岸の丸亀へ渡り、丸亀街道を歩いてこんぴらさんを目指した、と伝えられています。下津井と丸亀を結ぶのは、瀬戸内海を渡る最短のルートだったそうです。
港の近くの案内板には、下津井は江戸時代、北前船(きたまえぶね)や参勤交代の大名の船、諸国の商船が出入りするにぎやかな港で、「金毘羅往来の発着港」としても栄えた、と書かれていました。こんぴら参りの人々の宿場としてもにぎわったといわれています。
ところが、いまの下津井は静かな漁港です。港には漁船がずらり。丸亀へ渡る定期の船は、もう出ていません。昔の人が乗り込んだ船の代わりに、頭の上を瀬戸大橋が横切っていきます。
2. 港町で、昔の"痕跡"を探す
港のそばには、本瓦の屋根や土蔵の残る古い町並みが続いています。
町並みの中にある資料館「むかし下津井回船問屋」は、明治時代の回船問屋の建物を復元したもの。ガラスケースの中に、見覚えのある文字を見つけました。
「金毘羅大権現」の御守と、「瑜伽山(ゆがさん)」のお札。こんぴらさんと由加山が、同じケースの中に並んでいます。まさに両参りの証拠ですね。
そのそばには、昔の金毘羅参りの道者(どうしゃ)の姿を描いたパネルもありました。白装束に金剛杖、そして背中には、天狗の面を入れた大きな箱。
……この姿、見覚えがありませんか? 以前この特派員レポート「まちじゅうが『天狗推し』!?」でご紹介した、江戸時代のこんぴら参りの姿です。昔の参拝客は天狗のお面を背負って、こんぴらさんの石段をのぼりました。こんぴらさんの宝物館には、背負うための「箱入りの天狗面」が今も伝わっています。
あの天狗の面を背負った人たちも、この港から船に乗り込んでいったのかもしれません。琴平のまちの「天狗推し」は、海の向こうの港町にまでつながっていたのですね。
さて、資料館を出た特派員。ガラスケースの外にも、昔のこんぴら参りの手がかりが残っていないかと、町のあちこちを歩いてみました。
ところが、なかなか見つかりません。昔はこの港から、たくさんの参拝者が海を渡ったはず。でも、それらしいものに出会えないまま、時間ばかりが過ぎていきます。
3. 帰り道、視界の片隅に
あきらめて、車に乗り込みました。瀬戸大橋の橋脚を見上げながら、港沿いの道を走ります。
そのときです。視界の片隅に、ちらりと何かが映り込みました。
……いまの、もしかして。
道端に車を止めて、猛ダッシュ。
ありました。
瀬戸大橋のたもと、港の岸辺に立つ木の灯籠。その胴には、香川の人なら誰もが知っている、あのマーク。丸の中に「金」の字。こんぴらさんの印です。
板はすっかり風雨にさらされ、苔もついています。それでも「丸に金」の印だけは、くっきりと残っていました。まわりに案内板は見当たらず、いつ、誰が建てたものなのかは分かりません。
背後には、瀬戸大橋。昔の人が船で渡った海を、いまは橋が渡っています。その橋のたもとで、こんぴらさんの印をつけた灯籠が、今日も港を見守っている。海を渡ってきた私が、海の向こうでこの印に出会う。……こんぴらさんと由加山、讃岐と備前のつながりを、これほど感じた瞬間はありませんでした。
まとめ:あなたの帰り道にも、"あのマーク"を
由加山の「こんぴら」の文字に始まり、草むらの神ッキー、児島のデニム、そして下津井の港。海の向こうの両参りの旅は、帰り道の灯籠で締めくくりとなりました。
昔の参拝者は、下津井から船に乗り、丸亀に上がって、こんぴらさんの石段を上りました。いま私たちは、瀬戸大橋をあっという間に渡ってしまいます。便利になった分、海の上で見えていたはずのものを、少し見落としているのかもしれません。
由加山とこんぴらさんの両参りに出かけるときは、帰り道に少しだけ寄り道をして、下津井の港へ。瀬戸大橋のたもとで、あの「丸に金」の灯籠を探してみてください。見つけたら、きっとあなたも、思わず車を止めたくなりますよ。
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