「こんぴらさんの動物といえば、こんぴら狗でしょう?」
ご主人の代わりにお参りをしたと伝えられる、こんぴら狗(いぬ)。銅像にもお守りにもなっている、こんぴらさんの人気者です。あなたも真っ先に思い浮かべるのは、きっと犬のほうですよね。
ちょっと待ってください! その足もとで、黙ってこちらを見ている住人がいます。
猫です。参道とそのまわりの路地には、実は地域猫がたくさん暮らしています。それも、かなり自由な感じで。
早朝に歩いていると、どうも彼らは何かしゃべっているように見えるのです。
実は私、地域通訳案内士でもあります。地域の通訳を名乗るからには、地域猫の通訳もして当然でしょう。……という、かなり強引な理屈で、今回は私が出会った猫たちの会話を通訳します。
お断りしておきますが、猫語の資格は持っていません。セリフはすべて特派員の想像です。
1. 路地裏の朝礼は、三秒で終わる
夏の朝、参道のすぐ脇の路地。二匹の猫が、すれ違うところに出くわしました。
奥でこちらを振り返っているのが「班長」。手前を歩いていくのが「新人」。どちらも白黒のぶち模様です。
班長「……で、今日の予定は」
新人「特にありません」
班長「よし。解散」
以上です。朝礼は三秒で終わりました。
人間の世界なら「予定がない」は少し気まずい報告ですが、ここでは満点の回答のようです。班長はその場に座ったまま。新人は足を止めることもなく、写真の外へ消えていきました。
予定がないことを、あんなに堂々と報告できる。……少し、うらやましくなりました。
2. シャッター前の、先輩とご隠居
別の日の朝。通りのシャッターがまだ下りている時間です。その前で、二匹がそれぞれの朝を過ごしていました。
寝そべったまま、目だけでこちらを見上げる一匹。「先輩」と呼ぶことにします。
先輩「撮るなら左からにして。こっちが利き顔なんで」
……利き顔。
先輩「あと、その石段、今日も上まで行くの? えらいねえ。私は行かないけど」
返す言葉がありません。前足をきちんとたたんだ姿勢のまま、こちらが動くまで目をそらさない。先輩には、先輩の流儀があるようです。
そのすぐ横には、もう一匹。
ほとんど黒い毛に、白い胸と白い足先。目を閉じて、じっと座っています。こちらは「ご隠居」です。
ご隠居「寝とらんよ。目を閉じて、考えとるだけじゃ」
何をですか、と心の中で聞いてみました。
ご隠居「昨日の夢の続きじゃ。いま、いいところなんじゃ」
それを世間では、寝ていると言うのではないでしょうか。……とは、もちろん言えませんでした。
3. 石段の猫に、段数の話をしてはいけない
そして、いよいよ参道の石段です。
白い体に、黒いぶちがひとつ。石段を登るでも下りるでもなく、すたすたと横に歩いていきます。
「あと763段ある人」を名乗っている私としては、ひとこと聞かずにはいられません。あなたは、あと何段あるんですか。
石段の猫「数えるから疲れるんですよ。数えなければ、ゼロ段です」
……耳が痛い。
石段の猫「そもそも、上に行くとは言っていません。横です」
人間は上を目指して息を切らし、猫は同じ段を横に歩いて涼しい顔。石段の使い方は、ひとつではないようです。
最後に、秋になってから出会ったこの一匹を。
板壁の前に、きちんと前足をそろえて座っています。白い胸をこちらに向けて、まばたきもしません。「門番」です。
門番「……さっきから撮っていますね」
はい、すみません。
門番「いえ、いいんです。ただ、写りの確認だけ、させてもらえますか」
確認して、だめだったら撮り直しなのでしょうか。門番は答えず、そのままの姿勢で、私が立ち去るまで見送ってくれました。
まとめ:あなたなら、どんなセリフをあてますか?
こんぴら狗は、遠くの町からこんぴらさんを目指して旅をしたと伝えられています。けれど猫たちは、どこへも行きません。ここに住んでいて、毎朝ここにいます。旅の物語はなくても、参道の朝をいちばんよく知っているのは、彼らのほうかもしれません。
会話を聞くコツは、たぶん三つです。朝の早い時間に歩くこと。見つけたら立ち止まること。そして、追いかけないこと。距離はそのままで、向こうが話しはじめるのを待ちます。
次にこんぴらさんを訪れるときは、石段の数を数える前に、ちょっと路地をのぞいてみてください。そして猫に出会ったら、ぜひ、あなたの通訳でセリフをあててみてほしいのです。
地域猫の通訳に、資格はいりません。きっと私とは、まったく違う会話が聞こえてくるはずですから。
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エリア:琴平