「2回咲いたら奇跡じゃなくなっちゃうんで。もう多分、咲かないと思います」
前編・後編でお伝えした、榎井(えない)の福成寺(ふくじょうじ)の蓮。1本の茎にふたつ花をつけた双頭蓮(そうとうれん)が、あの年かぎりのものだったのか——そうたずねた私に、住職は笑ってそう答えました。奇跡は二度はない。私もそう書いて、原稿を閉じたつもりでいたのです。
ちょっと待ってください! その数日後、私のスマートフォンが鳴りました。住職からのLINEです。
……といっても、双頭蓮がまた咲いたわけではありません。奇跡のほうは、住職の言うとおりでした。届いたのは、もっと小さくて、もっと気の早い知らせだったのです。
今回は、三日しかもたない花を追いかけた、短い後日談です。
1. 「今年最後の一輪です」
画面に、小さな桃色の花が一輪。
住:「今年最後の一輪(姫万里)です」
姫万里(ひめまり)。後編でご紹介した、今年から福成寺の仲間入りをした極小の蓮です。岡山のお寺から株分けしてもらい、三つの鉢に植えたら三つとも咲いた——住職が「これは楽しい」と本腰を入れはじめた、あの品種です。
その、今年最後の一輪。
思わず聞き返しました。
私:「綺麗にさいてますね!いつぐらいまでもちますか?」
住:「今朝開花したので3日間程ですね」
……三日。
蓮の花は、朝に開いて昼には閉じる。それを三日ほど繰り返して、散ってしまいます。展覧会のように「会期中はいつでもどうぞ」とはいきません。蓮は、生ものなのです。
しかも今朝ひらいたということは、一日目はもう終わりかけている。残りは、二日。
私は返信しました。「明日の朝、出勤前に見に行きます」と。
2. ところが翌日、警報が出ました
翌朝、目を覚ました私を待っていたのは、蓮ではありませんでした。
2026年9月9日。午前9時47分、高松地方気象台が丸亀市と善通寺市に「レベル4」の大雨危険警報を発表します。午前中には、この琴平町を含む県内5市3町の一部地域に、警戒レベル4の避難指示が出ました。
花を見に行く朝ではありません。
やむなく断念しました。
……残り時間は、あと一日。
急げ、俺。
3. 三日目の朝に、間に合いました
明くる9月10日。雨は上がっていました。
出勤前の、まだ薄暗い時間です。こんな早朝に押しかけて、住職のお手をわずらわせるわけにはいきません。写真だけ撮って、そそくさと失礼することにしました。
三つの鉢。夏には三つとも咲いたという、その鉢に、いま開いているのは一輪だけ。
まわりには、役目を終えた花托(かたく)が、うつむくように立っていました。あれだけにぎやかだった夏が、静かに畳まれていく途中です。
間に合った。その一言に尽きます。
まとめ:後日、一枚の写真が届きました
この話には、続きがあります。
数日後、住職からまたLINEが届きました。ご自身で撮られた、姫万里の写真です。
……一眼レフです。
私のスマートフォンとは、まるで違う。光の当て方も、背景のぼかし方も、花の置き方も。後編で、住職はこう話されていました。
住:「いつも写真撮る時に、自分でこの絵が描きたいって勝手に想像するんですよ。こんな絵が描きたい。……描いたことないんですけどね(笑)」
なるほど、これがその「描きたい絵」なのかと、一枚の写真から伝わってきました。二十年あまり鉢を並べてきた人の目は、花のどこを見せればいいかを知っているのだと思います。
蓮の季節は、これで終わりです。鉢は冬のあいだ静かに眠り、春になればまた芽を出す。次に花が上がるのは、来年の夏。
そのころまた、門前町のはずれで、誰かのスマートフォンが鳴るのでしょう。今度はどの鉢が咲くのか——来年の開花を、楽しみに待つことにします。
後編の最後に、七月の朝いちばんに訪ねてみませんか、と書きました。今回のことで、そこに一行だけ足しておきたくなりました。思い立ったら、その朝に行くこと。蓮は、待ってはくれませんから。
福成寺
写真1〜3は筆者撮影、写真4は福成寺提供
カテゴリー:ことひら百景/歴史・文化
エリア:榎井