前編では、榎井(えない)の福成寺(ふくじょうじ)で2023年に咲いた「双頭蓮(そうとうれん)」の話を書きました。1本の茎に、花がふたつ。50年に1度とも100年に1度とも言われる花です。そして、それを咲かせた住職が「正直、いつでもやめたいんです」と言いながら、23年もやめていないという話も。
後編は、その鉢の中をのぞきます。……のぞく前に、ひとつ片づけておかなければなりません。冒頭で白状したとおり、私は蓮(はす)と睡蓮(すいれん)の区別がついていませんでした。まずはそこからです。
1. 決め手は、花ではなく葉でした
写真を1枚。
これは睡蓮です。なぜ分かるのか。葉が水面に浮いているからです。
蓮は茎をぐんぐん立ち上げ、葉も花も水面から高く持ち上げます。人の背丈ほどになることもあります。前編でご覧いただいた双頭蓮も、2メートルの茎の先で咲いていました。いっぽう睡蓮は、葉も花も水面すれすれ。あの、水にぺたりと張りついた丸い葉が睡蓮です。
もうひとつ、葉をよく見ると分かります。睡蓮の葉には、縁から中心に向かってV字の切れこみが入っています。ちょうどパックマンのような形です。蓮の葉には切れこみがありません。まん丸で、しかも水をはじくので、雨のあとには水玉がころころ転がります。
そして花のあと。蓮は花のまん中に、シャワーヘッドのような形のかたまりを残します。
これは花托(かたく)といって、実の入る器です。蓮にはあって、睡蓮にはありません。
ちなみに私がとくに驚いたのは、この2つが植物としては赤の他人だということでした。蓮はハス科、睡蓮はスイレン科。もともとは蓮も睡蓮の仲間に入れられていたのですが、遺伝子を調べてみたら別の科だと分かって、引っ越しになったのだそうです。見た目が似ているのは、水の上で暮らすうちに似てきただけ。
つまり私は長いこと、よその家の子を兄弟だと思い込んでいたわけです。
性格もまるでちがいます。あれほど神経をつかう蓮に対して、睡蓮のほうは――
住:「わさびと同じような形の茎なんです。それをバキっと折っても芽が出てきます。ほんと強いです。世話をする時にはそんなに神経使ったことないです。バキッと折って植えたら、どんどん出てきますんで」
同じ鉢のならびで暮らしていても、手のかかり方がまったくちがう。育てている人の口調まで変わるのが、聞いていておかしかったです。なお、青や紫の花は睡蓮にしかない、とも言われます。最初の写真の紫は、たしかに睡蓮でした。
2. 4つの鉢から始まりました
さて、鉢の中身です。
福成寺の蓮は、23年ほど前に始まっています。きっかけは、住職が総本山のお寺を訪ねたときのことでした。池に蓮が咲いていた。それを見て、きれいだな、と思った。
住:「『株分けしてほしいんですけど…』って言って、それを栽培してた人から送ってもらったんですよ。レンコン、3種類送ってきてくれたんかな。」
そこからです。ただし、始まりの土地は琴平ではありませんでした。住職はその後15年を小豆島で過ごし、蓮もいっしょに島で育てていました。福成寺へ移ることになったとき、鉢は6つ。
住:「次の住職が『置いてってよ』って言われて、2鉢だけ置いてった。だから、琴平に来た時は4鉢から始まった。」
置いていった2鉢は、いまも島で咲いているのでしょうか。ともかく、琴平での蓮は4つの鉢から再スタートしたわけです。
そこから先は、ご本人いわく「衝動買い」の歴史です。
住:「インターネットで自分が欲しいなという花があって、それ、ついついついつい衝動買いしちゃったんですよ、やっぱ。」
「つい」が4回。だいたいの事情が伝わってきます。
現在、福成寺には蓮が8種類と、4色の睡蓮があります。教えてくれた人はいません。全部、独学です。
住:「全く知識ないところからスタートだったですね。ネットで調べたり、見よう見まねですよね。もう独学でやってるだけですから。でも、立派に育てるから。」
結果オーライ…住職、素敵です。
3. 鉢ひとつに、話がひとつ
境内に入ってまず気づいたのは、鉢に白い字が書いてあることでした。
「大名蓮(一天四海)」。ひとつずつ、手書きです。おかげで、花のない9月に行っても、どの鉢に何が植わっているのかが分かります。訪ねる側にはたいへんありがたい。
一天四海(いってんしかい)は、白い花びらの縁にうっすら紅が差す大型の品種で、大名が愛でたことから「大名蓮」とも呼ばれると伝えられます。岡山の後楽園にあるものと同じ系統で、住職いわく、東京・上野の不忍池のものはもう少し縁の紅が濃いのだそうです。品種の話になると、住職いくらでも出てきます。
ほかの鉢にも、それぞれいきさつがあります。順に見ていきましょう。
大石26番(おおいし26ばん) ――住職が総本山で最初に譲り受けた株のひとつです。総本山の池は長い年月のうちに品種の名前が分からなくなっていて、移植の都合で池の横にある棚の「26段目」に置ていたことから、仮にそう名札がつけられたそうです。のちに大学の先生が「これは珍しい花だ」と言ったことで、その仮の名前がそのまま通り名になったのだとか。白地に、花びらの先だけ紅を差したような姿をしています。
行田(ぎょうだ) ――こちらも最初期からの株。埼玉県行田市の地層から出てきた種が目をさましたという、いわゆる古代蓮です。濃いピンクの花を咲かせます。
桑名白蓮華(くわなびゃくれんげ) ――純白の大きな花で、ひとつの鉢から多いときで10近くも花が上がる働き者です。白い蓮をどうしても育てたくて探し求めた品種だと、住職は話されていました。
小舞妃(しょうまいひ) ――お茶碗やどんぶりでも育つ「茶碗蓮」の一種です。つぼみのうちは濃いピンクで、開くにつれて白く変わっていくのだとか。細いレンコン1本の高価な値段に驚いていたところ、販売元から電話がかかってきたそうです。
住:「販売元から『(レンコンに)自信がないので。もしお客様に変なものを送ってしまってお金取ったら、もうこっちも気が引けるんで、格安でいいです。』って言われたんですよ。『あ、じゃあそれ買うわ。』って言って。」
案の定、その年は花は咲きませんでした。ところが翌年になって、いつのまにか伸びている。3つに株分けして植えたら――
住:「全部咲いた!格安で購入したのが、あんなに立派に」
住職…。持っています。
姫万里(ひめまり) ――今年から仲間入りした極小の蓮。岡山のお寺の住職が育てているのを写真で見て、きれいだから株分けしてほしい、とお願いして送ってもらったもの。3鉢に植えたら3鉢とも咲きました。「これは楽しい」と思って、今年から本腰を入れているのだそうです。
白鞠(しろまり) ――八重咲きで、花の実寸が5センチほど。お茶碗の中に、小さな白い花がひとつ浮かんでいるような姿です。
鉢ひとつひとつに、だれかとのやりとりが1本ずつ結びついている。そういう庭でした。
肥料は油カスの大粒が「万能薬」だそうです。ただ油が水面に浮いてしまうので、レンコンに直接あたらない位置に、指で10センチほど押し込んでやる。鉢にはメダカを入れています。ボウフラが湧いて蚊になるのを防ぐためですが、そのメダカが勝手に増えて、鉢の中に小さな生態系ができる。「本当おもしろい」と、これはずいぶん嬉しそうに話されていました。
そしてもうひとつ、意外な趣味を聞きました。写真です。
住:「いつも写真撮る時に、自分でこの絵が描きたいって勝手に想像するんですよ。こんな絵が描きたい。……描いたことないんですけどね(笑)」
前編と後編に載せた蓮の花の写真は、そうやって撮られたものです。境内と鉢の写真だけが私のもので、腕の差は見ていただければ分かります。
まとめ:花が咲いたとき、実はもうできている
最後に、住職から聞いた話をひとつ。
蓮の花をのぞくと、まん中にあの花托があります。この記事のはじめに見ていただいた、シャワーヘッドのような、穴のあいたかたまりです。あそこに実が入るわけですが――蓮は、花が咲いたその時点で、もう実ができているのだそうです。ふつうの花は、咲いて、散って、それから実を結びます。蓮はその順番が同時なのです。
だから昔の人は、この花を、どんな人にも初めから仏になる種があることの例えにしました。仏さまが蓮の花の上に座っているのは、そういう意味があります。
蓮の花が開くのは朝だけです。早朝にほころび、昼にはまた閉じてしまう。それを何日か繰り返して散ります。「せいぜい3日で散りますから」と住職。あの双頭蓮も、ほんの数日のことでした。
見ごろは7月。私が訪ねたのは9月です。花には間に合わなかった――と思っていたら、鐘楼のわきで、一輪だけ咲いていました。
写真をよく見てください。ピンクの花びらのまんなかに、緑色の、穴のあいた小さなかたまりがあります。これが花托です。咲いているまさにその瞬間に、もう次の実の器ができている。
すぐ隣には、花びらを落としたばかりの茎も写っています。咲いて、散って、そのあいだずっと実は育っている。順番ではなく、同時なのです。
双頭蓮がもう一度咲くかどうかは、分かりません。ご本人は笑ってこう言っていました。
住:「2回咲いたら奇跡じゃなくなっちゃうんで。もう多分、咲かないと思います。」
それでも門は、今年も閉まっていません。
来年の7月、朝いちばんに。石段をのぼる前に、少しだけ足をのばしてみませんか。「いつでもやめたい」と言いながら23年やめていない人が、また、泥に手を突っ込んでいるはずです。
福成寺
写真3・11は筆者撮影、ほかは福成寺提供
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エリア:榎井










