「こんぴらさんって、海の神様ですよね?」
船乗りさんが航海の無事を祈る神様。私もずっと、そう思っていました。参道のお土産物屋さんにも、船の絵馬や「海上安全」の文字が並んでいます。
ちょっと待ってください! 先日、スマホを片手に琴平のまちをぶらぶら歩いていたら、思わぬものと何度も目が合いました。赤い顔、高い鼻、けわしい眉。……天狗です。
店舗の壁に、新しい宿の一角に、あちこちに天狗。海の神様のおひざもとで、どうしてこんなに天狗が幅をきかせているのでしょう。今回は、その理由を追いかけてみました。
まちを歩いていたら、天狗と目が合いました
はじめに気づいたのは、門前町の一角でした。ふと見上げた建物の壁に、赤い顔がぶら下がっていたのです。
門前町の建物の壁から、道ゆく人を見下ろしていた張り子の天狗
鼻の長い、いわゆる鼻高天狗(はなだかてんぐ)のお面です。長い年月で色があせ、ところどころ色がはげています。それでも、にらみのきいた表情はなかなかの迫力でした。
歩き出してすぐ、また別の天狗に出くわしました! 今度は木彫りで、天狗のうちわを背負い(葉の形が似ている事から、植物の「ヤツデ」の別名は「テングノハウチワ」)、建物の角にでんと構えています。長いあいだ、雨風にさらされてきたのでしょうね。
木彫りのうちわを背に、建物の角を守るように取り付けられた天狗
極めつけは、まちなかにできた新しい宿の一軒でした。真新しい建物の正面には、大きな天狗のお面が二つ、こちらを見下ろしていました。片方は鼻の高い天狗、もう片方はくちばしを持つ烏天狗(からすてんぐ)です。
まちなかの新しい宿で来客を迎える、大きな烏天狗のお面
古いお店にも、真新しい宿にも天狗。まるでまちぐるみで「天狗推し」です。いったい、なぜ――。
答えは、1,368段の上にありました
その答えは、こんぴらさんのいちばん奥にありました。
金刀比羅宮の御本宮は785段目。その先、さらに583段のぼった1,368段目に、奥社(おくしゃ)の厳魂神社(いづたまじんじゃ)があります。
奥社の社殿の横には、「威徳巌(いとくのいわ)」と呼ばれる大きな岩の崖がそびえています。そして、その崖の上のほうに――天狗と烏天狗のお面が、ずっと昔から掲げられているのです。
岩壁に掲げられ街を見守る二人の天狗ニキ
なぜ天狗なのか。じつはこの象頭山(ぞうずさん、こんぴらさんがまつられている山)は、その昔、山伏(やまぶし)たちが修行に打ち込んだ山でした。けわしい岩場にこもり、人ならぬ力を身につけようとする修行者の姿は、いつしか天狗と重ね合わせて語られるようになります。こんぴらさんは、もともと「天狗の山」だったのです。
象徴的な人物がいます。戦国時代の終わりごろ、荒れはてた金毘羅を立て直した宥盛(ゆうせい)というお坊さんです。慶長18年(1613年)に世を去るとき、「死して永くこの山を守護せん」と言い残し、天狗となって姿を消した――そう伝えられています。いまも奥社のご祭神としてまつられ、金剛坊(こんごうぼう)とも呼ばれます。
江戸時代のこんぴら参りでは、参拝客が天狗のお面を背中に背負って石段をのぼりました。「私は金毘羅さんの信者ですよ」という目印であり、道中の無事を願うお守りでもあったそうです。宝物館には、そのようすを描いた絵図や、背負うための「箱入りの天狗面」が今も伝わっています。
そして現代。奥社の授与所では、2017年から「天狗御守(おまもり)」がいただけます。ここでしか手に入らない、1,368段をのぼりきった人だけのごほうびです。
まちで出会った天狗たちは、この「天狗の山」の記憶が門前町にこぼれ出たものだったのですね。
こんぴらさんの中腹から見た讃岐平野。天狗が見おろしていたのも、この景色でしょうか
天狗は、琴平だけじゃなかった
さらに調べてみると、天狗が幅をきかせているのは琴平だけではありませんでした。
香川県には「讃岐三天狗(さぬきさんてんぐ)」と呼ばれる有名どころがいます。こんぴらさんの金剛坊、高松・八栗寺(やくりじ)の中将坊(ちゅうじょうぼう)、坂出・白峰寺(しろみねじ)の相模坊(さがみぼう)。丸亀の鷹峰(たかみね)の大高見坊(おおたかみぼう)を加えて「四大天狗」とも呼ばれます。讃岐平野を囲む山々に、天狗が一体ずつ配されているようなものです。
天狗はもちろん、四国の外にもいます。京都の鞍馬山(くらまやま)、愛宕山(あたごやま)……名だたる霊山には、たいてい名前のついた天狗がいます。江戸時代には「天狗番付」、いわば天狗の格付け表まで作られ、そこには金剛坊も相模坊も、ちゃんと名前が載っています。
なぜ、こんなに天狗が愛されてきたのでしょう。山伏たちは、山にこもるだけでなく、里におりて人々に交じって暮らしていました。だから天狗は「こわいけれど、頼れるお隣さん」。旅の道案内をしてくれて、願いごとも聞いてくれる。恐ろしさと親しみが同居しているのが、天狗という存在なのです。
琴平の軒先でこちらをにらんでいた赤い顔も、その長い歴史の、新しい一員なのかもしれません。
まとめ:次のこんぴら参りは、天狗をさがしながら
こんぴらさんは、海の神様。それは間違いありません。でも、もう一つの「天狗の山」という素顔を知っていると、まちの見え方が少し変わります。
次に参道を歩くときは、ほんの少し視線を上げてみてください。軒先に、壁に、思いがけないところから天狗がこちらを見ています。何体見つけられるか、数えながら歩くのも楽しいはずです。そして、体力に自信のある方は、ぜひ1,368段の奥社まで。のぼりきった先には、ここでしか出会えない天狗が待っています。
カテゴリー:歴史・文化/ことひら百景
エリア:琴平/町外




