……それは明治二十七年、四月四日、琴平ステーションがまだ神明町にあった頃のことでした。
松江から熊本に転居していたハーン一家は門司から船に乗りました。松江時代の親友西田千太郎から聞いていた「こんぴら船々」を歌いながら多度津に着きました。
多度津では「花びし」という旅館で休憩し、食事を取りました。とても立派な旅館で、数寄屋造りの玄関は街道に面していて、裏は海から続く桜川の河口に面していて直接漁船を着けるようになっていました。
日本情緒あふれるこの旅館の造りに感心し、そこでの料理「海から取ったばかりの魚のこんなフライ!を食べたことがありませんでした。と新鮮な魚の美味を褒め、驚きをもって書簡に記しています。

