榎井(えない/ENAI)
榎井(えない)は琴平町の東部、琴平町全体の約13%の大きさ(1.1㎢)を占めるエリアです。1955年3月までは仲多度郡榎井村(えないむら)でしたが同年4月に琴平町になりました。榎井村の歴史は1890年2月に 町村制施行で那珂郡榎井村が発足したことに始まります。榎井出身の著名人として、江戸時代末期の志士で、長州・土佐などの志士との幅広い交流で知られ、慶応元年に(1865年)、高杉晋作が幕吏に追われて榎井村に燕石を頼って亡命したのをかくまい潜匿・逃亡させたことから嫌疑を受けて、高杉の身代りに4年のあいだ高松の獄に幽せられたことでも知られる。燕石の別宅は、その二階で酒を呑むと、盃に金毘羅宮がある象頭山がポッカリと浮かぶところから、“象頭山を呑む”意気を示す「呑象楼(どんぞうろう)」と名づけられた。呑象楼は興泉寺の前にあったが、現在は榎井小学校北西に移築されている。
また、酒屋「新吉田屋」を営む豪農の家に生まれた長谷川 佐太郎は、安政10年(1854年)に満濃池が決壊したことに心を痛め、明治政府への陳情などを経て明治3年(1870年)6月に築堤工事を完了させた人物として知られ。現在でも、銘酒「悦凱陣」で有名な丸尾本店はの歴史は、長谷川家の「吉田屋」がルーツとなっている。榎井地区には旧高松街道が残り、当時の風情を感じてみたい。
【旧金毘羅高松街道】
【呑象楼(どんぞうろう)】
【丸尾醸造・丸尾本店・長谷川佐太郎旧居】
【春日神社】
【籏岡(はとか)神社・籏岡大鳥居】
リンク:籏岡(はとか)神社